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就活に成功した俺と〝目標〟

前回の更新からまたも半年近く経ってしまったが、再び更新させていただきたい。
このたび就職先を見つけることが出来たため、その報告と教訓を備忘録的に記しておくこととする。もし今後就活を控える学生の方が見ているならば、参考になれば幸いである。

本章に入る前に

ここで、具体的な内容に入る前に、私が前回記事にした内容を振り返っておこう。前回の記事は8月初めに記したもので、企業に次々と落とされ、とうとう持ち駒がゼロとなってしまった頃である。あの頃は一言で言うならば「荒んでいた」と表現すべきだろう。自分自身、家族、社会、身の回りのすべての出来事をを悲観的に捉えていた。

私はこの頃「鉄道会社の総合職になりたい」と考えていた。正確に言うとそれは最初のうちに描いた「夢」だった。どういうことなのか。

私の就活は3月~6月6月~7月8月~10月の3期にシーズンが分かれていたと考えている(以下、それぞれ第1シーズン第2シーズン第3シーズンと呼ぼう)。この「夢」は第1シーズンで適用されたもので、文字通り「鉄道会社の総合職になる夢」を叶えようと各鉄道会社の総合職へエントリーしていた。
しかし呆気なく全落ちしたため、第2シーズンに入る。このシーズンでは「鉄道の仕事がしたい」という大変アバウトな目標を表向きに掲げて、現業職やメーカー、出版社、物流系企業などの総合職をエントリーした。しかし心の奥底ではやはり「夢」をあきらめることが出来ず、全落ちした結果が前回の記事であった。

今回記す記事は第3シーズンを経てゴールするまでのことであるが、一つだけ述べておくならば、就活はロジックで解決するものだった。

 

「夢」は確かなものか

私が就職することとなったのは、大手バス会社の総合職である。レモンイエローの…と言えば分かる方もちらほらいるかもしれないが、とにかくバス一筋な企業だ。

その結果から分かるように、私は「夢」を捨てたのである。同じ交通系でこそあるものの、鉄道とバスは違う事業形態だし、将来の行方も全くことなるだろう。

私が「夢」を諦めた理由、それは

<「鉄道会社の総合職に入ること」が「夢」じゃないことに気付いたから>

という結論に至る。
そう気づいたのは、私自身が何故「鉄道会社の総合職になりたい」のかが分からなかったからだ。しかも、何のために実現し、その先の目標は何なのか…

とにかくなにも定まっていなかった。

よく「『就活の軸』を定めろ」と言われる。が、私はそれをあまり信頼していなかったし、事実全く定まっていなかった。なぜなら私はこれまで鉄道一筋で人生を歩んできて、それを軸と呼ばずして何と言う*1、と高を括っていたからである。そして同時に「夢」を就活の軸にすり替えていた。

気づいた理由は簡単で、友人に「なんでなりたいの?」と聞かれたからである。
当然自分なりに理由があって「鉄道会社に入って鉄道の発展に貢献したいんだよ」みたいなあやふやな回答を毎度していた。ところが友人は聞き続ける。
「いつからそう思ってたの?」
「なった後どうするの?」
「何がそう思うきっかけだったの?」…
するとブレブレな軸がどんどんと露呈し、いつしか「なんでだろう?」と自分が分からなくなる状態に陥った。非常に呆気なく。

なぜ8月まで気づかなかったのか、自分が威張っていたからだ。
おそらく今後就活生となる諸君にも必ず訪れるであろう、自分自身の内定先は決まったけど「就活がまだ決まってない人に、どういう態度を示せばいいのかが分からない」という重い空気*2。それは、どれほど信頼した友人の仲であっても確実に生じるものである。
一方で就活している側は、どんなに気にしないようにしていても、ちょっとした一言でえぐれ、怒ったり、泣いたり、死にたくなって、そんな小さな自分をまた悲観する…というスパイラルに落ち込んでしまう。
そうして8月の私は、つつくとすぐに爆発する北朝鮮のような存在になっていた。普段の人が触れないようにしている中で、少数の人々が手を差し伸べてくれたとき、当然私は「貴様に俺の苦しみが分かるか」と核ミサイルを飛ばすわけだが、彼らに当たっても何も変わらないという現実を渋々受け入れていくうちに、これが発覚したわけである。

 

「目標」の再設定

さて、いつの間にか偽りの夢ちょっとかっこいい(中二)を持っていた私は、まず「目標」を再設定することとした。しかしその前に、なぜ偽りの夢が出来てしまったのかを考えることとした。

前回の記事にも述べたように、ある程度裕福な環境で育った私には、「大学進学」という道が自動的に用意されていた。そして将来は当たり前のように、でっかいビルヂングの上の方で踏んぞれるような、そういう仕事にならなきゃいけない、という気がしていた。
気がしていた、というのは、つまり別にそこに何も根拠なんかなくて、そういう環境で育ったならそういうところを目指しなさい、と誰かに言われているような気が22年間ず~っとしていたのである。これが、第1シーズンで鉄道会社の総合職に総当たりした原因であり、第2シーズンで「なんか合わないな~」と思った理由であった。

その頃友人から、自分がこれまでの人生で何をしてきたのかを幼少期からずっと遡るインタビューが行われた。上記のことに気付いたのはこのインタビューがきっかけであり、同時に次なる「目標」の再設定が可能になった。

「公共交通という立場から街を創り出したいんだ」

 

企業探しと面接対策

この辺りから、ちょっとマイナビの就活特集みたいな話になってくるが、今後就活を迎える方々にとってはきっと役に立つであろうと考えているので、参考程度にご覧いただけるとありがたい。

「目標」が決まった今、企業を探すことになった。
交通業界の就職はそもそも総合職と現場職と整備職*3の3つに分かれていることが多いのだが、基本的にどの職も募集の締切が結構早く、しかもどの企業も似たようなタイミングで行われる。8月も終わりの頃、自分の「目標」に沿った総合職、ないしは現業職というのは、タクシー屋か、田舎の事業者ばかりだった。最早選択の余地などない最中、大学4年間の生活から感じた首都圏の良さ(主に文化的な側面)から、首都圏の企業に絞って応募した。

 

もう一方で、面接対策をはじめた。ESに関してはある程度の信頼があったため、面接対策に集中することになったのだが、そこも大きなポイントであった。

まずはカメラをセットして普段通りの様子で模擬面接を披露した。
見られて恥ずかしい想いもあったが、個人的には自信があった。
友人からの評価は「これは落ちるわ」だった。なんてことだろう。

ところで、私はダンスがあまりにも下手くそなのだ。真剣に踊っているつもりなのに、端から見るとすごくヘンテコに見えるらしく、小学生の頃によく女子から「真面目にやって」と怒られた経験がある――

それと全く一緒だった。気持ち的には明るく、しっかりと、丹念に話し込んでいるつもりだったのに、結果は「なぜかレジでずっと話し込んでるけどよく聞いたら全然話の面白くないオッサンの話し方」にそっくりだった。

これはいけないと、恥を捨てて面接の練習を繰り返すことにした。

 

話し方の重要性

模擬面接中にわかったことは以下の三つだ。
 ① だるそうに話してる
 ② 話が長い
 ③ 何が言いたいのかわからない
簡単に言いくるめれば、だるそうに話すし、話が長いし、何言いたいかわかんないし、聞く気になれるもんか、ということだった。


そこで実践したのは上記の汚点をまるっきり覆す方法である。

① 姿勢よくハキハキと大きな声で話す

これはとても簡単のようだが、私のように案外自分がどういう話をしているかというのは分からないものである。第三者に姿勢や喋り方等をチェックしてもらうことが大事。イメージが湧きにくい場合は、接客のアルバイトをしている自分を呼び起こしてもらえると、自然とそういった形になることが発覚している(当社調べ)。

これは余談だが、就活中、圧迫面接に出くわす場合も多々ある。勿論程度は企業に依るが、どうしても相手が高圧的な態度を取っているように見える。
そんな場合の解決方法も、接客で解決する。クッソめんどくさい中年のオッサンが接客に文句をつけているときのことを思い出しながら話をすると、「なんやこいつ死ね」以外の感想が沸かなくなり、思った以上に効果を発揮するので是非推奨したい。

 

② 話を短くする

これは逆にとても難しい。しかしこれが最も大切だといっても過言ではない。
話を短くする、というのは要するに自分のアピールタイムを減らすことになるため、多くの学生は無意識に長く喋ろうと努力してしまう。しかしそこから話を長く長くしていくと、どんどん話が見えなくなってしまう。誰しも話の長いオジサンオバサンの与太話に付き合わされた経験があるだろうが、それを面接でやってしまう自分を想像してほしい。
相手に理解してもらうためには、あえて要約して話を減らす。例えば話したいことがたくさんあっても、それを2~3行にまとめて話せば、面接官はおおよその話を理解してくれる。しかも基本的に多くの学生が長いこと話をするため、大半は面接官が聞き返してくる。面接官は、ただ話の概要を聞きたいがために質問しただけなのに、その存在が稀有であるが故に「あの人の話はもっと聞きたいと思った」という高評価を出してくれる*4ため、話を短くすることの意義は非常に大きいと感じる。

 

③ 言いたいことを決めて要約しておく

例えば短く話しても、そこから掘り下げられると何もしゃべれない…となっては本末転倒である。そこで言いたいことを決めて要約しておくのだが、これにも一つテクニックがあり、相手が投げてくる質問を予め推測し、何パターンか質問に対する答えについても2~3行でまとめておくのである。

 

先ほどから言っている「2~3行で」というのもちゃんと使い方がある。
①結論②理由(→③改善策)という3つの項目に沿って話すのである。
例えば「弊社を志望した理由をお聞かせください。」という質問があった場合、回答を用意するにあたって話すのは「①御社をした理由は~だからである。②なぜなら~という背景があり、③私は御社に入社して~を実行して②を解決したいと考えたからである。」という文章を作ることが出来る。長いと思った場合は思い切って③を削ってみても全く構わないし、理由や改善策を入れ替えたり、「原因」にしたりと都合よく作ってもらって構わない。

ただし忘れてはならないのは必ず「結論」を作ることである。これは面接中においても常々実行してほしい。集団面接の場合、同じ質問をそれぞれの人に当てる形式も多く、他人が当たっている時間中に結論だけでも作ることで、とても印象が変わる。

 

話す内容について

最後に、話す内容に関してだが、これに関しては正直業界に依りけりな部分があるため、一概には言うことが出来ない。ただし先述した通り、

①ちゃんとカンペを作っておく
②カンペは「結論」→「理由」→「改善策」を箇条書きする

という手順だけは守るべきだと感じる。
というのも私は「カンペなんて作るから内容が真っ白になってパニックになるんだろ」と、これまた高を括っていたものだったからである*5。当然カンペがないと、常々パニックになって話しているのも同然である。

そのわけは、自分の発言に一元性が見いだせなくなってしまう点にある。要するに行き当たりばったりで話すと、どこかしらで直前に話した内容と食い違う部分が出てきてしまう。
カンペを作ることはそのために重要である。しかしこれも行き当たりばったりに正直な「理由」ばかりを述べていると、どうしても食い違いが発生してしまう。

そんなときにはじめて『就活の軸』という言葉が生かされる。その言葉の意味は先に述べた私の「目標」、すなわち志望動機である。
すべての問いに対する結論が、志望動機につながるように作っておく。一見難しいかもしれないが、まあなんていうか、こじつけでいい。なんかいいのが浮かんだらその都度追加する程度のノリで考えることで、変に拗らせない理由を作ることが出来る。幸い私は言い訳が得意な人間なので、ここはあまり苦労しなかった。

 

今後

一通り書き終えたところで、私の就活の最大の失敗を振り返るとするならば

慢心

に尽きる。本当に就活ナメ過ぎだ。ということでこれから就活を控える諸君は、心してかかって頂きたい。ちゃんと準備しようね!私みたいになるよ!

私にとって、就活は大きなヤマだったことは間違いない。ここまで人生観を語り合ったり、森羅万象を考えたことはほとんどなかった。まあたぶん今後もここまで考える機会はないだろうと思っているが。

 

基本的に幸先も悪く、本気で死にてえと思ったことも一度や二度ではなかった。しかしながら私がツイていたのは、他人の面接の練習にもしぶとく付き合ってくれる、信頼出来る友人の存在があったからで間違いではない。彼らには深く深く感謝している。

とはいえ皆が皆、友人と相談できる環境にないことは自らも悟ってきた。それでも門を叩けば必ず門扉は開くはずなので、皆友達を大事にしようという、一見幼稚園児のような、半人前の大人のような話でした。

*1:無論、これは軸ではない。

*2:信じられないかもしれないが、同じ人間とは思えないほどナイーブな反応をするので、素手で挑むのは本当に危険である

*3:整備職は主に理系分野に任されていることが多く、文系の人は殆ど現業か総合に分かれる

*4:多少人に依るものがあるが、だいたいは印象に残る。これが大事

*5:基本的に楽観主義というか馬鹿なんだと思う

就活に失敗した俺と「夢」

一年ぶりとなるが、このブログを更新したい。
就活に失敗した。今、持ち駒はない。
現状はレールの途切れた人生をただぼーっと見つめている。
そんな現状から記したいこと、そして甘えを少し残しておきたい。

 

鉄道という「夢」

私は小さい頃から乗り物に興味を持っていた。特に鉄道に関しては人一倍で、小学校の頃から今の今までずーっと興味が離れていない。入試で合格して入学した中高一貫校では鉄道研究会を立ち上げる一人となり、地方ということもあってかメディアに取り上げられることもあった。こうした稀有な部活の一員であったことから、それを題材にしてAO入試に合格することが出来た私は、上京して無事大学生活を歩むことになった。大学在学中には駅員のアルバイト(現業)も経験し、これらから確かに「鉄道と関連した夢」を抱く気持ちが強くなっていった。

「鉄道に貢献したい」という夢を、曖昧であるが、でも他人より確実に強く持って挑んだ就活。3月にエントリーしたのは、鉄道会社そのものを経営する立場の「総合職」が中心だった。特に地元のJR四国は志望度の高い企業であり、地元出身という縁もあってか、狭き門とは言えどその門をかいくぐって書類選考を通過した。他にも数社受けたが何れも悪い結果ではなかった。

ところが試験になると飛んでダメだった。JR四国は勿論、次が最終という企業にも落ちてしまった。このとき挫折を感じた。試験に落とされるという、端的に言って「頭の悪いヤツ」というレッテルを貼られたことは勿論、何よりJR四国に落とされたことに酷く落ち込む自分が居た。何故だかは分からなかったが、今となって恐らく一番「夢」に近かった「就職」先だったんだろうと感じた。たった数社の希望が崩れただけで挫折と感じた理由は後述するけども、自身としては一つの挫折であったと考えている。6月の初めの話だった。

このとき周りには「希望職の範疇が狭すぎる」とか「己の就活の軸って何」みたいな指摘を受けた。反省というか、それなりに考えて、少し幅を広げて例えば鉄道部品業者とか鉄道の出版業者とかも受けたのが6月の中旬。それ以外にも数社受けていたが、場数を踏んで慣れたのかほぼすべての企業で最終選考まで進めることが出来た。鉄道現業職もその一つにあり、保険という訳ではないが、現場経験がある以上その可能性は大きいものであった。友人は言う。「3つもあれば1つは受かるでしょう」と。

最終選考で言う。
「他人とは違った経験があります」「私は周りを見渡せます」。
出版業ではこう言われた。
「作文を読ませて頂きましたが、結論が書けてないようで向いていません。」
時間ぎりぎりで書いた作文に関して、文句は返せなかった。
部品メーカーではこう言われた。
「あなたの想う企業像とは違うかもしれません。ネジとかを納入してる会社なんです」
そんなこと、どこにも書いてなかった。

でも鉄道現業の面接は違った。
「あなたの想う社会人像とは?」「責任の負える人間です。」
これはいける。

 

結果、全部落ちた。
2度目の挫折は今日である。

 

反省

文章にしていくと分かりやすく欠点が浮かび上がる。
就活に向けた準備なんてものはしていなければ、「目標」は正確に定まっていなかったし、頭も悪かった。

しかし私自身想うのは「夢に憧れすぎた」というスタンスにも原因はあると考えた。

就活の面接ではよく何かを語らされる。「あなたが当社で取り組みたいことは?」とか「あなたはどういう学生生活を送っていましたか?」とか、色々聞かれ、即興で盛りに盛った話とか、時に自分が心から想う話をしなければならない。
何故か会社に入るために良い話に加わる良い自分を演じることが最早必須となっている現代の面接もちゃんちゃらおかしい話だが、
(それに文句を言っても仕方がないので、くだらねぇと思いながらやっているのだが)
そんなときに「挫折したことはありますか?」などと訊かれると、「就活で志望の会社に行けなかった」なんて話をポロリとしてしまったり、そんなこと聞かれなくても、自ずと自身を語る上で欠かせない「夢」と「夢を目指した跡」が出てきてしまう。

「夢」が俺の将来を邪魔している。と気付いた。

総じて「夢」に期待を抱きすぎた。「夢があるから」と思って就活を存分にナメていたし、「夢があるから」と思って「職」をこだわりすぎたし、「夢があるから」と信じて何も努力をしなかった。

 

「努力に報われること」を知らない人

どうして俺はこんな二十歳を越えてまで「夢」なんて恥ずかしい〝希望〟を抱いていたんだろう?

自身の人生が奇遇にも順風だったんだろうと振り返る。

私は決して貧乏とは言えない家で育った。両親も仲が良く、父の職も「先生」なんて呼ばれるものだったし、生い立ちは悪いものではない。
小学校から中学校に上がる際は、地元で一番頭のいい中学に合格して入学した。その年初めて受験定員割れをしていた中学では、実質全員合格であった。だから私は頭で入ったのではない。実際勉強も大してしていなかった。

高校の入学もエスカレーターで、でも中高共に勉強は難しく、教育方針も分かる奴だけ分かれという風に、宿題という形ではなく自主学習という形が多かった。
そんな環境に入れられた私はず~っと底辺に住んでいた。勉強なんてろくにしなくても親と学校がうるさいだけで危機に迫られたりはしない。中学の教育を2年で終わらせてしまうのに私はその頃の記憶がすっぽりと抜けて、漫然と高校3年を迎えた。

大学受験となったとき、いよいよそのツケが回って来た。早々に浪人を考えて半ば試合放棄をしていた私に、友人はAO入試をダメ元でいいから受けろと言った。鉄道の話をつらつらと並べると、何故か合格してしまう。受験票を大学に忘れてきたのに。

しかし大学に入学したからと言って何か変わるわけではなかった。単位を落とすことは頻繁で、今現在残単位を回収するのに必死なツケがまた回ってきている。
都会に住んだ経験がなく、とにかく都市部の生活に慣れない私は、必然的に家に籠ることも多い。それは自然と閉鎖的な生活を望む自分の理想像だったのかもしれない。

 

その中で就活…となり、自身の中で甘んじていても開かれた道の存在が常態化していたことによって、「やればどうにかなる」という甘ったるいスタンスが、芽生えるどころかもう大樹に成長していて、その考えから恐らく今現在に至るまで抜け切れていないのだと反省した。
先ほど順風と述べたが、「順風満帆」という言葉の通り、帆を立てねば船は思った方向に進まない。私を乗せた船は帆なんて立てずに自然と大海の真ん中に辿りついてしまったわけである。

帆を立てるにはそれなりの手順で作業を経る必要がある。
ところで私の人生を簡単に振り返ったところで勉強をしただろうか。ずっと底辺で勉強せずに生きてきた以上、勉強の仕方を知らない。そして勉強をしてそれが実る瞬間の喜びも知らない。だから勉強出来ない。そういうループを延々と繰り返してきた以上、私はこの期に及んで「帆の立て方も立てる意味も分かっていない」ことをようやく理解したのである。

 

オーダーメイドのTシャツ

「夢」を抱くなんてことは馬鹿らしいかもしれないが、でも大事なことなのは知っている。実際それを抱く人、実現する人、あるいはその必要性を訴えかける人が何人もいるからである。
でも「夢」だけを信じて生きることは間違っている。夢は努力で支えるものである。それが分かった今、それを知るのが遅すぎた今、私は今後を憂う。

夢なんて捨てちまえばいいのかもしれない。
「実際夢をもって就活に臨んでる」なんて心から想っている人は少ないだろう。自身にとっても邪魔になってるし、牌は残っていない現状からして、もう幻想に近いものだと考える。はっきり言えばそんな夢見てないで、なんか適当なとこに就職すりゃいい話である。

先日就活相談のカテゴリで見た、どこぞの知恵袋にはこう書いてあった。
「人々は皆、職業に自分を沿わせていくものです。服屋では用意されたTシャツの中からあなたの体に合ったものを着れるだけであって、決してオーダーメイドのTシャツを着れるわけではありません。」

実に深い、というか全うである。私はオーダーメイドのTシャツを着ようとしているし、ましてやTシャツを着ようとしているのか、それともパンツを履こうとしているのかさえも分かっていないからである。なるほど世の中で就職している人の大半は、肩幅が広いけれどもユニクロのMサイズのTシャツを着ているし、ときには自分よりはるかに大きいXLのTシャツを着させられている人もいる。

 

人生に意味はありますか

しかし私はオーダーメイドのTシャツが着たい。今すぐに、自分好みのTシャツが着たい。夢は捨てきれなさそうなのが現状である。

話がコロッと変わってしまうが、貴方は、貴方の近くにいるあの人が、恋人が、両親が、本当に「他人」だと思うことができるだろうか?
私は幼い頃こんなことをよく考えた。「他人」は、或いは「社会」は、自分が作りだした虚像ではないか?それは、都合よく生み出された私の中にある「私の世界」ではないか?

もうそんなこと流石に考えたりはしないけれども、仮にそうした世界観で居たとしたとき、人生とは私だけのものであって、例えばそこで主人公視点ではなく、モブとして生きることは楽しいことなのか、と考えることだけは未だに引き摺っている。

要するに私はもっと人生を特別なものにしたいのだろう。
そんな中でオーダーメイドのTシャツを着るという「夢」はまさに人生の幹であって、私はこれを捨てることが出来ない。

あと単純に夢として捨てようにも捨て方が分からない。

 

今後

長々と書いてきたが、結局のところ私は未練たらたらなくせに何がしたいのか分かっていないのだと再確認した。
一方で、それに拘りすぎている現状にも問題があるとも感じる。人生の幹とか言うなら、時間をかけてそれを目指せばよいだけの話であるのだから、何故私が「就活」で「今」「すべて」を賭けているのかが自身にも理解不能である。

恥ずかしい文章となってしまったが、これで〆させていただく。

「嫌いな人との付きあい方」

ここ最近「私はどういうポジションなんだろうか」ということをひたすら考えるようになった。

正確にいうと、周りの人間を自分の中でいちいち評価をするようになってしまった。
それも気づけば、直接人と接するときも、Twitter上の人間と接するときも、果ては基本的に画面の中で一方的に喋っている声優達を見ながらでも、常に評価を下している自分がいた。

いつからこんなことを真剣に考え始めたのか、明確には覚えていない。
しかし大学生になってから、サークルに入ったりバイトをしたり、何かと社会集団の一部に入ったことによって感化されたのは間違いない。

特にバイト先は大きかったように思う。私のバイト先は某電鉄会社なのだが、正確にはパートタイマー扱いなため実質的な「会社員」であって、故に人間関係に悩むことも多い。
正社員になれないままもう6年も7年も引きずって仕事をしている成れの果てがこのバイト先にはザラにいる。リーダーは生真面目だが、新人いびりが酷いためにあまり好かないし、周りの社員にも当然馬が合わない人間がいたりする。
社会に出てみれば、例え嫌いな人間が居ても、責務を投げ出さずただ働く他、術はない。故にストレスを溜め込みがちであった。
慣れない嫌いな人間との付き合い。そうなったとき人間はどうするかというと、その人物のマイナス面を取り上げて、マイナスイメージそのものに変換する。
そのために周りの情報を収集して、その人物のマイナス面をかき集める。この仮定は大事だ。人間は根拠と信憑性が欲しい。
そして、貶したり、馬鹿にしたり、下に見る。
恐らく私はこうやってバイトをもう1年以上続けた。最近になってようやく我流の「嫌いな人との付きあい方」を学んだのだ。

話は戻る。「嫌いな人との付きあい方」を学んでいく最中、私はおそらくその行程の途中にあるデータベースの作成を、無意識に嫌いな人間だろうとなかろうと、誰に対しても行っていたのだと思う。
だから私は今会話をする度、その人間が自分に対してどう思っているのか。自分はこの人間に対してどう思っているのか。この人間は他の人間にどう思われているのか。一生懸命推理する。数少ない言葉から、そのエッセンスを濾過していく。端から見るとさぞかし嫌な人間だ。

一応建前上に言っておくと、私の分析は会話をするに当たって多少参考にしてはいるかもしれない(こう言った方が伝わりやすい、だとかこう言った方が喜んでくれる、だとか)。
しかしながら、その内面的な評価で決して態度を急変させたりとか、そういうことはしない主義、もとい人間であると言うのをお伝えしておきたい。何故なら所詮ヘタレだからである。そんなことやるほどしっかりした人間じゃない。
ま、だから安心して話しかけてね♥

さて、私自身は一生懸命分析しているのだが、その分析は利己的なものに過ぎない。最終的に目指す先は、ただ「自分が良いように思われたい」だけであって、結局は「自分がどう思われているのか、今人一倍気になっている」ということである。先述の思惑はそれである。

で、もうひとつわかることがある。何故私は他人の反応が―自分がどう思われているのかが「人一倍気になっている」のか。
結論として“自分が弱っている”んだろう。
他人の反応を見て、一生懸命自分のアイデンティティを確保する。他人の行動を見て、自分の行動を決める。
これから先は就職など様々な人生のステップが待ち受ける中で、自身のアイデンティティを保たねば、到底持たない自身がいるんだと思う。

久々に自分自身の感情を整理した。気持ちがいいので最終的に言う。

就職はクソ。

『幸腹グラフィティ』の味わい方

2015年1月現在アニメ化され放映されている「幸腹グラフィティ」(原作:まんがタイムきららミラク)を原作を読みつつ、ぐっと来た部分があったので、半年ぶりぐらいに更新したいと思う。f:id:limeline1551:20150124200623j:plain

その目的は「『幸腹グラフィティ』の味わい方」についてである。というのも周りの反応を見ていると、どうしてもアニメから入った人々が、シャフト演出相まってストーリーや演出の理解に苦悩を示しているように見えるからである。

まず、幸腹グラフィティを連載する「まんがタイムミラク」は、昨今の萌え四コマ漫画を築いた「まんがタイムきらら」シリーズの中でも、ストーリー性を重視した四コマが集まった雑誌であることを念頭においていただけるとありがたい。

そしてこの幸腹グラフィティの作中において一番目立つ存在というと、作中に必ず登場する〝料理〟だ。実際多くの読者・視聴者に向けてそういう面が際立ってアピールされている。
しかし幸腹グラフィティにおける〝料理〟の存在は、あくまで料理が盛られたお皿の存在でしかなく、メインディッシュの料理は3人の人間関係を巡るストーリーだということも忘れてはならない。

 

◇幸腹グラフィティの構成は「食べる」「繋がる」の2段

作中には主役として3人の女の子が登場する。それぞれ「町子リョウ」「森野きりん」「椎名」の3人である(性格や設定等については長くなってしまうため、多少割愛させていただく)。

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町子リョウ : 両親は海外に赴任し、現在独り暮らし。

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森野きりん : 大食い力持ち小学生。元気。

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椎名 : ミステリアスな存在。実はお嬢様。

彼女達の出会いは何れも料理の食事を通じて始まっている。

リョウきりんが出会ったときは「寄せ鍋」<1巻・第1話>
きりん椎名が出会ったときは「飴ちゃん」<1巻・第2話>

そして彼女達は、それぞれそこから親睦を深めていくという形のストーリーが組み込まれている。

きりんは「寄せ鍋」を食べて独り身の『リョウの家族になる!』と決意する。
きりんは甘酸っぱい「飴ちゃん」の悔しさ交じりの味で椎名を知る

と、このように彼女達のエピソードは何れも「食べる」ことが出会いのきっかけとなって「繋がって」いることがわかるだろう。

 

◇「繋がる」ことのむずかしさ ~「憧れ」と「悔しさ」の連鎖~

「繋がる」と単に表現したが、人と繋がるというのには実に様々な形がある。喜怒哀楽、酸いも甘いも様々なストーリーがある。これが幸腹グラフィティにおけるメインプロットであるわけだが、同時にこの作品で特に用いられる感情がある。それは「憧れ」「悔しさ」の表現である。

例としてアニメ第2話の「リョウ椎名を見つけ、椎名きりんが出会う」シーンを挙げていく。特にきりん椎名の感情に注目して頂きたい。

 

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リョウ椎名と既に知り合いであり何の違和感もなく話しかけるが、きりんは初めての椎名におどおどしている。

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リョウが『八十子の…』と紹介すると、椎名は『あぁ、あの小学生の…』と半分茶化したように接近する(「憧れ」)。

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きりんは案の定不愉快な態度をあらわにする(「悔しさ」)。

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椎名きりんがどれだけリョウと親密な存在なのか、以前食べた「リョウの作った卵焼き」の味を知っているのは私だけなんだろうなと言って自慢し(「悔しさ」)、二人の距離感を図る。

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⑤「リョウの作った卵焼き」を食べたことのなかったきりんは「悔しさ」をあらわにして、きりんリョウとのエピソードを椎名に自慢する。

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椎名は『二人が仲いいことは分かったよ』と、リョウと仲睦まじいきりんに「飴ちゃん」をプレゼントして、一人で去っていく*1(「憧れ」)

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⑦見送るリョウきりんは『椎名についていかなくていいの』と尋ねる(「悔しさ」)。リョウは『きりんと一緒なんですから』となだめる。

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きりん椎名からもらった「飴ちゃん」を舐め、『甘い、甘酸っぱい』という感想を残す(「憧れ」「悔しさ」)

 

紹介した通り、きりんと椎名の「憧れ」「悔しさ」が交錯するシーンとなっていることがわかる。

このシーンではきりんが最後に「飴ちゃん」を「食べ」て『甘酸っぱい』という感想を残す描写が描かれている。「食べる」ことで、彼女はリョウとつながりを持った椎名という存在を認識し、そして「憧れ」羨み、口から「悔しい」感想を漏らしている様子が伺える。
本編ではこうした感情を、きりん自身が『知らないリョウがいっぱいだった』と表現しているが、きりんの内面的な感情を翻訳すれば即ち「憧れ」と「悔しさ」に分解されるのである。

また椎名に関しては若干こじつけのように見えるかもしれないが、少々注釈を加えると椎名は仲良しである光景を羨むシーンが原作ではたびたび登場する(アニメでも今後登場するだろう)。要するに彼女は能動的なスキンシップに「憧れ」ているということだ。

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こうした「憧れ」と「悔しさ」の連鎖が、幸腹グラフィティの中ではストーリー全体を通じて常に起こっている。この心理的な描写はアニメを見ていくにおいて重要なポイントであると言える。

 

◇何故「食べる」と「繋がる」のか

アニメ第2話ではこうした一連のやり取りの後、きりんはリョウに「卵焼き」を作ってもらい「食べる」ことで、椎名に対する「悔しさ」の未練を取り払った。事実その後の第3話では、リョウを励ますために椎名と共同で作戦を練る程度には仲良くなっている光景が描かれている。

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この感情の変化はまさに「食べる」ことで「繋がる」ことへシフトする様子だが、何故「食べる」ことが「繋がる」のだろうか

「食べる」空間は、特に日本の食卓においては近代より一家全員が食卓に集っていた。一家の長である父も、料理を作ることの出来る母も、これから未来を担う子も、それぞれ役割こそ違えど、皆一つの食卓に並べられたごはんを食べていた。
幸腹グラフィティにおける「食べる」ときの空間はそれと同じで、各登場人物が一つの食卓に並んだごはんを囲んで平等に食べている。即ち「食べる」ということは、彼女達にとって彼女達同士の感情をリセットする、或いは彼女達の壁を取っ払うためのからくりになっているのである。

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◇「食べる」描写

その象徴として、彼女達3人は料理を召したときのリアクションの設定がある*2。彼女達は「食べる」際、独特の感想を残し、おいしそうに食べている様子が各回に描かれている。また演出では少女漫画風のレタッチとなり、料理が丁寧に描かれるようになる。
3人はそれぞれ違った感想やリアクションを残すが、これらの描写は3人同士がそれぞれ違った感想やリアクションを気にせず、とにかく「食べる」ことに夢中になっている至福の空間、ステータスを表現しているわけである。

こうしたステータスの表現により、彼女達は個々の人間性を残し、彼女達も他人のそれを受け入れる手段を考え始める。逆にいうとそのスイッチこそが「食べる」行為なのだ。

彼女達の「食べる」描写をもう少し探っていこう。先ほど、3人はそれぞれ違った感想やリアクションを残す、と表現したが具体的にリョウは「色っぽい」、きりんは「ダイナミック」、椎名は「大人びて上品」とwikipediaは講評している。

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ところが普段の彼女達は、(きりんはともかくとして)そういった感情を漏らすことなく、普通にしゃべっている。このギャップはなんなのだろうか。 

 

◇幸腹グラフィティのテーマは「自己表現」 

「食べる」描写における彼女達の感想は、彼女達の「自己表現」に満ち溢れたものである。この「自己表現」こそがまさに幸腹グラフィティの真髄、真のテーマである。

結論からその証拠を寄っていくと、まず先ほど椎名に関して、能動的なスキンシップに対して「憧れ」を抱いている、と表現した。2015年1月現在ではまだ椎名の登場回数が少ないこともあり、アニメから視聴し始めた方々にとっては認識しづらいものかもしれないが、アニメ第2話で登場した椎名が一人で花見に来ているという行動から察されるように、彼女が普段他人と行動しない人間であり、また第3話できりんに誘われて初めてリョウたちと行動したように、なんとなく受動態な生活を送っていることがくみ取れるだろうか*3

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椎名が彼女達に受動的な感情を持っているのが分かる決定的なシーンが、アニメ第3話のエンディングのサビ、空から3人が降って来るシーンだ。一見3人がただ単に手を繋ぐように見えるが、よく見ていただくときりんが積極的にリョウと手を繋いでいるのに対して、椎名はリョウに手を伸ばしたあと、その手を一度引いている。彼女の受動的、分かりやすくいうと遠慮がちな心理をハッキリと示しているのがわかる。

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これらの行動から椎名は自身の「憧れ」を抑えて、マイペースに他人と接している様子が伺える。

もっと分かりやすいのはリョウの「憧れ」である。端的に第1話で「お母さんに甘えたい」という寂しさをあらわにしている一方で、きりんに対してはそういった感情を出来るだけ漏らさないようにしているシーンが見られる。これもいわば自分の「憧れ」を抑えて、他人に迷惑がかからないよう配慮していると受け取れる*4

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◇「憧れ」と「自己表現」の葛藤

そしてその各々の「憧れ」の対象は、自身以外が達成している、というのも幸福グラフィティの特徴だ。

(お母さんに)甘えたい』という「憧れ」をもったリョウは、逆に他人からみればきりんの焼きもちの対象になったり、椎名に『普段と違う(普段と違って接しやすい)』と言われているように、『甘えられる存在』としてきりんや椎名から見られている。
逆に言えば、きりんは『リョウに頼って欲しい』という感情を持っているが、自身がいつでも頼れるリョウという「憧れ」の存在を羨ましく思っていて、椎名は『素の自分を表現したい』という感情を持っているが、純粋な感情で接してくれるリョウという「憧れ」の存在に羨ましく思っているのである。

3人はこうして、自身の内面的な感情を「憧れ」の他人へと投射して、自身を如何に表現するか、すなわち「自己表現」の方法について思考錯誤しているのである。
ややこしくなってしまったが、端的に言えば3人とも3人にそれぞれ「憧れ」ていて、その「憧れ」をどう「自己表現」するか、それが幸腹グラフィティの真のテーマなのだ。

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◇まとめ

大分長々とした話になってしまったが、幸腹グラフィティは

「自己表現」に葛藤する → 一緒に「食べる」 → 答えに「繋がる」

という流れを組んでいて、表のテーマとなっている「食べる」行為は、葛藤を忘れて「自己表現」を開放するためのになっているのだ。

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そういった構成やストーリーを理解した上で、視聴者の方々には是非とも幸腹グラフィティを味わっていただき、彼女達をより愛でてほしい。 
特に原作単行本は感情描写が顕著で、1週間飛ばし飛ばしのストーリーを見るよりも連続して見れるため、より感情移入がしやすいと思う。興味のある方には是非とも読んでほしい。高いけど。

あと、椎名さんはかわいいので是非とも注目してほしい。クールキャラだが後半は下手くそな愛を2人にこれでもかとぶちまけるからである。ぶっちゃけ椎名さんは死ぬほどかわいいのだ。

そんなこんなで私もお腹が空いてきてしまった。

*1:椎名としてもリョウは奪われたくない存在であったのかもしれない。しかしこのやりとりを通じて、きりんには完敗だという意思表示が「飴ちゃん」のプレゼントなのである

*2:作中では〝リアクション王トリオ〟などと呼ばれている<3巻>

*3:物語の後半はこういった行動、心情が顕著に出て来るのだが、アニメから入った方々に紹介するのにはこれが精いっぱいであり、申し訳ない限りである

*4:きりんはこういった点でみると、原作の後半では憧れを達成してかなり大人しくなっている。案外ニュートラルな立ち位置なのかもしれない

養殖開始します。

らいむらいんと申します。
普段は特にtwitterとかでバカをやっているもので、色々感じながら生活をしているのですが、たまに140文字で収まらない考えや、思いつきがあったりします。

そういったときtwitterで書いていくと、当然何回かに分けて書いていくのですが、だんだん書いている途中で考え方が変わってよく分からない文章になっていったり、(私の良くない癖なのですけれど)途中で飽きたりして纏まらないことが多々あります。
若しくはそういう意見をびっしり述べる場として、そもそもtwitter自体が不適切なのかもしれません。

 

そこでじっくり自分の考え方を作り込めることが出来、かつ適度に飽きれば放置が出来る最適な場として、新たにブログを開設することにしました。
正確に言うと〝再建〟というべきなのかもしれませんが、今まで作ってきたブログというのはどれもこれも「情報を発信していく」ということを主体に置いたものだったので、思ったことをぼやく、備忘録的なスペースとして作っていきたいと思います。

 

ところでこういった意見発信のブログというのは、端的に言って「知らんがな」の一言で〆ざるを得ない、そういったイメージを私は持っていました。何故なら「あなたのことはあなたのこと、わたしのことはわたしのこと」という前提のもと行動していた自分がいたからです。勿論今もそう思っていますし、自分と正反対の意見を目にすれば「こいつは何を見ながら生活してるんだ」とか色々思います。

しかしtwitterをやり始めて5年(ちょうどブログの更新が止まったのも5年ほど前でした)、流れて来るタイムラインには意味のない文字の羅列から、140文字埋まった意見の塊、そして顔も声も存在も見知らぬ人々の様々な喜怒哀楽のこもったぼやきが、滞ることなく流れて来るようになりました。

私はこれらを見ながら、無意識的に自分の考えと照らし合わせるようになったのだと思います。私は今大学生ですが、大学に入ると猶更、そういったことが大事になってくるのだと世間は言います。実際こうした行為をした上で、所謂〝意識の高い〟大学生になろうとしているわけではなく、こういったことをしないと生きていけない、情報の波を漕いでいけないのだと思います。

 

話が長くなりそうなので一旦まとめますが、要はこういった経緯を経た上で、自分と違った色々な意見を取り入れると言うことは非常に有用なことであるということを学びました。
これはブログにも当てはまります。延々つらつらと書き述べた自分の意見のページにはどこからか流れてきた読者がいて、彼らがどういう立場であれ、その意見を見て心の中で何かを思うのです。
私の意見を発信することで、誰かがこれを見て何かを思う。そういった場を目指してこのブログを成り立たせていきたいと思っています。

 

さて、前半で述べたtwitterのお話ですが、これは結局何がいいたいかというと、情報の海に飛び込んだとき、鵜呑みになるなというのを学んだということです。
うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい』という西村博之の有名な言葉がありますが、これは本当にそうだとつくづく実感します。

良い例としてtwitterには近年スパムが流れ込みやすくなりました。「続きは→URL」という風に誘導し、そこでアカウントを認証させることで、アカウントを乗っ取ることができるというスパムです。こういったツールを認証しない為には、まず「疑う」という前提が必要になります。

 しかしこういったスパムに引っかかる例というのは、少なくとも流れ出して1年経つくらいにはなると思いますが、いい加減減るどころか、むしろ増えているように感じます。最もそれだけ沢山流れている量が増えているのかもしれませんが。

 

上に挙げたことは私の言いたいことに被っているのかどうかは正直微妙ですが、すなわち情報を精査する、常に再考をする、という行為がtwitterをもって重要であると気付かされました。
自分でも何故twitterの話をここまでしているのか分かりませんが、少なくともこういったことが少しは考えられる場であったと思っています。また同時に、目に入れたくないものを目にしてしまう場でもあって、個人的に「公共の空間が流れる私情の画面」とでも言うべきなのかなと感じます。不適切な行為や発言が批判され炎上し、時には本当に警察の厄介にもなる、なんと落ち着かない場なのでしょう。

 

近頃は「クソリプ」という言葉が流行っています。自分のあげたツイートがRTされ、見知らぬ人に「同意!」だの「ぼくは違う」だの、「知るかボケ」と返したくなるリプライと言えばいいのでしょうか。

でもこのクソリプという考え方は、本来であれば至って正当な末路を辿った結果ではないかと思うわけです。何故なら情報を発信している以上、そこは何かしらの考えを刷り込む余地があるわけで、当然当人も受け取る余裕があるという前提でこのサービスが成り立っているわけですから、むしろクソリプを否定する文化の方がおかしいのかもしれません。

しかしながらこれらの考えが通用してしまっている背景には、やはり先ほど述べた「公共の空間が流れる私情の画面」という厄介なタイムラインが、出来るだけ平然を装って、誰にも何も言われずに私情を暮らしたいという、公共性を作り上げてしまっていることにあるのではないでしょうか。

 

長くなってしまいましたが、こんな感じで堅い話ばっかするか、はたまた写真ばっか上げるか、更新が止まるかすると思いますので、どうぞよろしくお願いします。