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「嫌いな人との付きあい方」

ここ最近「私はどういうポジションなんだろうか」ということをひたすら考えるようになった。

正確にいうと、周りの人間を自分の中でいちいち評価をするようになってしまった。
それも気づけば、直接人と接するときも、Twitter上の人間と接するときも、果ては基本的に画面の中で一方的に喋っている声優達を見ながらでも、常に評価を下している自分がいた。

いつからこんなことを真剣に考え始めたのか、明確には覚えていない。
しかし大学生になってから、サークルに入ったりバイトをしたり、何かと社会集団の一部に入ったことによって感化されたのは間違いない。

特にバイト先は大きかったように思う。私のバイト先は某電鉄会社なのだが、正確にはパートタイマー扱いなため実質的な「会社員」であって、故に人間関係に悩むことも多い。
正社員になれないままもう6年も7年も引きずって仕事をしている成れの果てがこのバイト先にはザラにいる。リーダーは生真面目だが、新人いびりが酷いためにあまり好かないし、周りの社員にも当然馬が合わない人間がいたりする。
社会に出てみれば、例え嫌いな人間が居ても、責務を投げ出さずただ働く他、術はない。故にストレスを溜め込みがちであった。
慣れない嫌いな人間との付き合い。そうなったとき人間はどうするかというと、その人物のマイナス面を取り上げて、マイナスイメージそのものに変換する。
そのために周りの情報を収集して、その人物のマイナス面をかき集める。この仮定は大事だ。人間は根拠と信憑性が欲しい。
そして、貶したり、馬鹿にしたり、下に見る。
恐らく私はこうやってバイトをもう1年以上続けた。最近になってようやく我流の「嫌いな人との付きあい方」を学んだのだ。

話は戻る。「嫌いな人との付きあい方」を学んでいく最中、私はおそらくその行程の途中にあるデータベースの作成を、無意識に嫌いな人間だろうとなかろうと、誰に対しても行っていたのだと思う。
だから私は今会話をする度、その人間が自分に対してどう思っているのか。自分はこの人間に対してどう思っているのか。この人間は他の人間にどう思われているのか。一生懸命推理する。数少ない言葉から、そのエッセンスを濾過していく。端から見るとさぞかし嫌な人間だ。

一応建前上に言っておくと、私の分析は会話をするに当たって多少参考にしてはいるかもしれない(こう言った方が伝わりやすい、だとかこう言った方が喜んでくれる、だとか)。
しかしながら、その内面的な評価で決して態度を急変させたりとか、そういうことはしない主義、もとい人間であると言うのをお伝えしておきたい。何故なら所詮ヘタレだからである。そんなことやるほどしっかりした人間じゃない。
ま、だから安心して話しかけてね♥

さて、私自身は一生懸命分析しているのだが、その分析は利己的なものに過ぎない。最終的に目指す先は、ただ「自分が良いように思われたい」だけであって、結局は「自分がどう思われているのか、今人一倍気になっている」ということである。先述の思惑はそれである。

で、もうひとつわかることがある。何故私は他人の反応が―自分がどう思われているのかが「人一倍気になっている」のか。
結論として“自分が弱っている”んだろう。
他人の反応を見て、一生懸命自分のアイデンティティを確保する。他人の行動を見て、自分の行動を決める。
これから先は就職など様々な人生のステップが待ち受ける中で、自身のアイデンティティを保たねば、到底持たない自身がいるんだと思う。

久々に自分自身の感情を整理した。気持ちがいいので最終的に言う。

就職はクソ。