路線バスは殺される運命にある

私は今、路線バス会社で操車や事務を担当している。

そんな仕事の合間に常々思うのは
こんな時代遅れなシステムがあるものか
ということである。

 

バスという乗り物の起源は遡ると19世紀頃にまでになるらしい。
3世紀に及んで今現代も絶賛活躍中の路線バスだが、いざ管理する側から見ると、少なくとも現代ではもう直視できないくらい酷い。

まずその3世紀、いや100年単位で絞って見たとして…
1920年から2020年の間に日本の風景は目まぐるしい変化を遂げている。
建物、文化、情報…おそらく五感のすべてを尽くしてもその変化に気付くに違いない。
まず言うまでもなく人が増えたし、それに伴って建物も道路も車も沢山増えた。電車はジップロックと化し、新自由主義の社会が月曜の朝をガチガチに固めている。

ところがバスは何も変わっていない。車掌が居なくなっただけだ。
100年前にハマった渋滞には現代でもハマってしまうし、100年前に載せきれなかった人は未だに載せきれない。100年前に比べて所要時間はむしろ遅くなったかもしれないし、勝俣州和は100年前から姿かたちが一切変わっていない。

しかし頑張っている側面もある。
バス会社側は応えるようにバスの台数を狂ったように増やし始め、連接バスや巨大なバスをいくつも導入した。すると道路は逆にバスのせいでバスが遅れるようになった。

ようやく国交省は重い腰を上げて”バスを優先させるシステムを作ればいいのでは”と考えはじめる。彼らは、左折専用レーンをバス専用レーンに兼用させて大渋滞を引き起こしたり、バスが近づくと信号を青に変えるシステム(PTPS)を取り付けることで、信号を通り抜ける前に赤信号に捕まってしまうバスをあざ笑ったりした。
それは滅茶苦茶風力の弱いトイレのハンドドライヤーくらい意味のない装置だったが、巨額の投資をして国交省は去っていったのである。

そして100年の間、一番変わったことは周辺環境でも人の数でもなく、速度である。
私の車のスピードメーターには270km/hまで速度が刻まれている。ドミノピザはネットで注文すると今ピザにトッピングを乗っけているのか焼いているのかまで分かる。

物理的にも情報的にも速度が飛躍的に向上したが、都市部の路線バスの表定速度は車というよりもむしろ牛に近い。
自家用車でバスの後ろについて走っていると、目的地に辿り着く頃には派手な四つ葉のステッカーを貼る必要があるのではないかと危惧してしまう。
また一部の都市の大きな停留所を除けば、未だにバス停には「多分この時間にバスが来ると思うんですけど(推測)」という紙一枚しか貼っていない。バスロケーションシステムをいちいち見る頃にはもうバスが通過している始末である。

 

結局、システム的に路線バスは時代遅れだ。
同時に、文字通り「路線バスは殺される運命にある」。

そう思う所以の一つは、近々現れるであろう自動運転車の存在である。
貴方が自宅から目的地まで向かうとき、徒歩5分のバス停から出るバスと、自分の家の横に停めてある自動運転機能付き自家用車、どちらで行きますか
と尋ねられた時、大多数の人は後者を選ぶはずだ。
何故なら毎日のように遅れてきては、ドアを開けると7mmに圧縮された人が所せましと並んでいるクルマになど乗りたくないからである。
高齢化社会化が進む日本では猶更可及的な話題であり、この自動運転車が特に地方部において大きく役割を果たすとも考えられる。

最もその実現は当分先だろう。
というのも渋谷駅の近辺を車で運転すると、どう考えても人間じゃないとこんなところ走れないと感じてしまうからだ。
東京の都心一帯は2歳児が道路を設計しているので、6本の車線から突然2本に減ったり謎の分岐が表れたりするし、タクシーは3人くらい轢き殺しているような運転をする。こんな環境でAIが走れるわけがない。パニックになって首都高に入ってしまい
予期せぬエラーが発生したため、自動運転を終了します。
というダイアログを残して高速道路上で停車するだろう。

それに都市部に住む大半の人が自動運転車を持つとすると、駐車場が圧倒的に足りなくなるのは明白である。勿論オフィス街などでは言うまでもない。当分先の話である。

 

ところがバス業界にはもう一つ闇が存在する。圧倒的人材不足である。

最近、業界大手である西鉄バスが、余りに人が足りないため儲かってる路線の本数も大幅に減らしてしまうという話があったが、バス業界は大小問わず人員不足で、その不足ぶりは最早面白おかしい域にまで達している。

例として「連続16時間以上(休憩も含めて)拘束してはいけない」という規定がある。
多くの事業者ではこれを合法的に掻い潜るために、早朝出勤して午前中に一回退勤してもらい、午後にまた出勤して深夜まで働いてもらうという勤務形態が存在する。
中休みとか開放とか呼ばれるこの勤務は、実際のところ退勤から出勤の間に出来ることが昼寝くらいしかなく、しかもその間給料は出ないから、運転士的に一切良いことはない。

弊社はこの中休み時間中にさらに違う勤務をくっつけたり、或いは休日出勤を強制する制度があったが、恐らく弊社よりも過酷な環境にある事業者もごまんとあるはずだ。
そんな過酷な労働条件だが、唯一どの事業者も例外ない事実として、
給料が恐ろしく低い

一方で運転士はものすごくリスキーな職業である。
例えば、バスの中で誰か一人でもこけてケガをすると、その時点で運転士の免許は青色になり、罰金が取られ、社内で懲戒が課される。
そういった些細な出来事は勿論、いざ交通事故を起こしてしまうと、場合によっては逮捕されるし普通に刑務所行きである。会社は何も補償してくれない。

そんなバス運転士を若いうちから目指す人は指折りで、中途採用の人が大半である。
彼らに「なぜ運転士になったのですか?」と訊くことは出来なかった。彼らの目の奥にある、かつての栄光や、夢、闇などを薄ら感じ取るほかなかった。
そんな光景を見渡して、ふと「”夢”の砕石場」みたいだなと思った。

どっちにしろ、バス会社の待遇は終わっている。
待遇を改善するにはまず給料をあげなければならないが、バスは運送単価が低く、しかも人数が足りない中では増便が出来ず減便するほかない。すると収入自体が減少してしまい、負のスパイラルに陥る。

恐らく自動運転車の出現を前に、多くのバス会社はこのスパイラルを以て自害せざるを得ない状況に至るだろう。

 

私は一趣味人として路線バスが好きだったが、余りにも悲惨な環境に対してもうバスに興味を持てなくなってしまった。
しかもその管理する側の仕事もあまりにブラックな側面が多いので、長く続ける気も失せてしまった。

ただ唯一、あらゆる重みを背負って休む間もなく働く運転士の背中だけは、深く敬意を示そうと思った。