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『幸腹グラフィティ』の味わい方

2015年1月現在アニメ化され放映されている「幸腹グラフィティ」(原作:まんがタイムきららミラク)を原作を読みつつ、ぐっと来た部分があったので、半年ぶりぐらいに更新したいと思う。f:id:limeline1551:20150124200623j:plain

その目的は「『幸腹グラフィティ』の味わい方」についてである。というのも周りの反応を見ていると、どうしてもアニメから入った人々が、シャフト演出相まってストーリーや演出の理解に苦悩を示しているように見えるからである。

まず、幸腹グラフィティを連載する「まんがタイムミラク」は、昨今の萌え四コマ漫画を築いた「まんがタイムきらら」シリーズの中でも、ストーリー性を重視した四コマが集まった雑誌であることを念頭においていただけるとありがたい。

そしてこの幸腹グラフィティの作中において一番目立つ存在というと、作中に必ず登場する〝料理〟だ。実際多くの読者・視聴者に向けてそういう面が際立ってアピールされている。
しかし幸腹グラフィティにおける〝料理〟の存在は、あくまで料理が盛られたお皿の存在でしかなく、メインディッシュの料理は3人の人間関係を巡るストーリーだということも忘れてはならない。

 

◇幸腹グラフィティの構成は「食べる」「繋がる」の2段

作中には主役として3人の女の子が登場する。それぞれ「町子リョウ」「森野きりん」「椎名」の3人である(性格や設定等については長くなってしまうため、多少割愛させていただく)。

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町子リョウ : 両親は海外に赴任し、現在独り暮らし。

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森野きりん : 大食い力持ち小学生。元気。

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椎名 : ミステリアスな存在。実はお嬢様。

彼女達の出会いは何れも料理の食事を通じて始まっている。

リョウきりんが出会ったときは「寄せ鍋」<1巻・第1話>
きりん椎名が出会ったときは「飴ちゃん」<1巻・第2話>

そして彼女達は、それぞれそこから親睦を深めていくという形のストーリーが組み込まれている。

きりんは「寄せ鍋」を食べて独り身の『リョウの家族になる!』と決意する。
きりんは甘酸っぱい「飴ちゃん」の悔しさ交じりの味で椎名を知る

と、このように彼女達のエピソードは何れも「食べる」ことが出会いのきっかけとなって「繋がって」いることがわかるだろう。

 

◇「繋がる」ことのむずかしさ ~「憧れ」と「悔しさ」の連鎖~

「繋がる」と単に表現したが、人と繋がるというのには実に様々な形がある。喜怒哀楽、酸いも甘いも様々なストーリーがある。これが幸腹グラフィティにおけるメインプロットであるわけだが、同時にこの作品で特に用いられる感情がある。それは「憧れ」「悔しさ」の表現である。

例としてアニメ第2話の「リョウ椎名を見つけ、椎名きりんが出会う」シーンを挙げていく。特にきりん椎名の感情に注目して頂きたい。

 

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リョウ椎名と既に知り合いであり何の違和感もなく話しかけるが、きりんは初めての椎名におどおどしている。

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リョウが『八十子の…』と紹介すると、椎名は『あぁ、あの小学生の…』と半分茶化したように接近する(「憧れ」)。

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きりんは案の定不愉快な態度をあらわにする(「悔しさ」)。

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椎名きりんがどれだけリョウと親密な存在なのか、以前食べた「リョウの作った卵焼き」の味を知っているのは私だけなんだろうなと言って自慢し(「悔しさ」)、二人の距離感を図る。

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⑤「リョウの作った卵焼き」を食べたことのなかったきりんは「悔しさ」をあらわにして、きりんリョウとのエピソードを椎名に自慢する。

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椎名は『二人が仲いいことは分かったよ』と、リョウと仲睦まじいきりんに「飴ちゃん」をプレゼントして、一人で去っていく*1(「憧れ」)

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⑦見送るリョウきりんは『椎名についていかなくていいの』と尋ねる(「悔しさ」)。リョウは『きりんと一緒なんですから』となだめる。

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きりん椎名からもらった「飴ちゃん」を舐め、『甘い、甘酸っぱい』という感想を残す(「憧れ」「悔しさ」)

 

紹介した通り、きりんと椎名の「憧れ」「悔しさ」が交錯するシーンとなっていることがわかる。

このシーンではきりんが最後に「飴ちゃん」を「食べ」て『甘酸っぱい』という感想を残す描写が描かれている。「食べる」ことで、彼女はリョウとつながりを持った椎名という存在を認識し、そして「憧れ」羨み、口から「悔しい」感想を漏らしている様子が伺える。
本編ではこうした感情を、きりん自身が『知らないリョウがいっぱいだった』と表現しているが、きりんの内面的な感情を翻訳すれば即ち「憧れ」と「悔しさ」に分解されるのである。

また椎名に関しては若干こじつけのように見えるかもしれないが、少々注釈を加えると椎名は仲良しである光景を羨むシーンが原作ではたびたび登場する(アニメでも今後登場するだろう)。要するに彼女は能動的なスキンシップに「憧れ」ているということだ。

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こうした「憧れ」と「悔しさ」の連鎖が、幸腹グラフィティの中ではストーリー全体を通じて常に起こっている。この心理的な描写はアニメを見ていくにおいて重要なポイントであると言える。

 

◇何故「食べる」と「繋がる」のか

アニメ第2話ではこうした一連のやり取りの後、きりんはリョウに「卵焼き」を作ってもらい「食べる」ことで、椎名に対する「悔しさ」の未練を取り払った。事実その後の第3話では、リョウを励ますために椎名と共同で作戦を練る程度には仲良くなっている光景が描かれている。

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この感情の変化はまさに「食べる」ことで「繋がる」ことへシフトする様子だが、何故「食べる」ことが「繋がる」のだろうか

「食べる」空間は、特に日本の食卓においては近代より一家全員が食卓に集っていた。一家の長である父も、料理を作ることの出来る母も、これから未来を担う子も、それぞれ役割こそ違えど、皆一つの食卓に並べられたごはんを食べていた。
幸腹グラフィティにおける「食べる」ときの空間はそれと同じで、各登場人物が一つの食卓に並んだごはんを囲んで平等に食べている。即ち「食べる」ということは、彼女達にとって彼女達同士の感情をリセットする、或いは彼女達の壁を取っ払うためのからくりになっているのである。

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◇「食べる」描写

その象徴として、彼女達3人は料理を召したときのリアクションの設定がある*2。彼女達は「食べる」際、独特の感想を残し、おいしそうに食べている様子が各回に描かれている。また演出では少女漫画風のレタッチとなり、料理が丁寧に描かれるようになる。
3人はそれぞれ違った感想やリアクションを残すが、これらの描写は3人同士がそれぞれ違った感想やリアクションを気にせず、とにかく「食べる」ことに夢中になっている至福の空間、ステータスを表現しているわけである。

こうしたステータスの表現により、彼女達は個々の人間性を残し、彼女達も他人のそれを受け入れる手段を考え始める。逆にいうとそのスイッチこそが「食べる」行為なのだ。

彼女達の「食べる」描写をもう少し探っていこう。先ほど、3人はそれぞれ違った感想やリアクションを残す、と表現したが具体的にリョウは「色っぽい」、きりんは「ダイナミック」、椎名は「大人びて上品」とwikipediaは講評している。

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ところが普段の彼女達は、(きりんはともかくとして)そういった感情を漏らすことなく、普通にしゃべっている。このギャップはなんなのだろうか。 

 

◇幸腹グラフィティのテーマは「自己表現」 

「食べる」描写における彼女達の感想は、彼女達の「自己表現」に満ち溢れたものである。この「自己表現」こそがまさに幸腹グラフィティの真髄、真のテーマである。

結論からその証拠を寄っていくと、まず先ほど椎名に関して、能動的なスキンシップに対して「憧れ」を抱いている、と表現した。2015年1月現在ではまだ椎名の登場回数が少ないこともあり、アニメから視聴し始めた方々にとっては認識しづらいものかもしれないが、アニメ第2話で登場した椎名が一人で花見に来ているという行動から察されるように、彼女が普段他人と行動しない人間であり、また第3話できりんに誘われて初めてリョウたちと行動したように、なんとなく受動態な生活を送っていることがくみ取れるだろうか*3

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椎名が彼女達に受動的な感情を持っているのが分かる決定的なシーンが、アニメ第3話のエンディングのサビ、空から3人が降って来るシーンだ。一見3人がただ単に手を繋ぐように見えるが、よく見ていただくときりんが積極的にリョウと手を繋いでいるのに対して、椎名はリョウに手を伸ばしたあと、その手を一度引いている。彼女の受動的、分かりやすくいうと遠慮がちな心理をハッキリと示しているのがわかる。

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これらの行動から椎名は自身の「憧れ」を抑えて、マイペースに他人と接している様子が伺える。

もっと分かりやすいのはリョウの「憧れ」である。端的に第1話で「お母さんに甘えたい」という寂しさをあらわにしている一方で、きりんに対してはそういった感情を出来るだけ漏らさないようにしているシーンが見られる。これもいわば自分の「憧れ」を抑えて、他人に迷惑がかからないよう配慮していると受け取れる*4

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◇「憧れ」と「自己表現」の葛藤

そしてその各々の「憧れ」の対象は、自身以外が達成している、というのも幸福グラフィティの特徴だ。

(お母さんに)甘えたい』という「憧れ」をもったリョウは、逆に他人からみればきりんの焼きもちの対象になったり、椎名に『普段と違う(普段と違って接しやすい)』と言われているように、『甘えられる存在』としてきりんや椎名から見られている。
逆に言えば、きりんは『リョウに頼って欲しい』という感情を持っているが、自身がいつでも頼れるリョウという「憧れ」の存在を羨ましく思っていて、椎名は『素の自分を表現したい』という感情を持っているが、純粋な感情で接してくれるリョウという「憧れ」の存在に羨ましく思っているのである。

3人はこうして、自身の内面的な感情を「憧れ」の他人へと投射して、自身を如何に表現するか、すなわち「自己表現」の方法について思考錯誤しているのである。
ややこしくなってしまったが、端的に言えば3人とも3人にそれぞれ「憧れ」ていて、その「憧れ」をどう「自己表現」するか、それが幸腹グラフィティの真のテーマなのだ。

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◇まとめ

大分長々とした話になってしまったが、幸腹グラフィティは

「自己表現」に葛藤する → 一緒に「食べる」 → 答えに「繋がる」

という流れを組んでいて、表のテーマとなっている「食べる」行為は、葛藤を忘れて「自己表現」を開放するためのになっているのだ。

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そういった構成やストーリーを理解した上で、視聴者の方々には是非とも幸腹グラフィティを味わっていただき、彼女達をより愛でてほしい。 
特に原作単行本は感情描写が顕著で、1週間飛ばし飛ばしのストーリーを見るよりも連続して見れるため、より感情移入がしやすいと思う。興味のある方には是非とも読んでほしい。高いけど。

あと、椎名さんはかわいいので是非とも注目してほしい。クールキャラだが後半は下手くそな愛を2人にこれでもかとぶちまけるからである。ぶっちゃけ椎名さんは死ぬほどかわいいのだ。

そんなこんなで私もお腹が空いてきてしまった。

*1:椎名としてもリョウは奪われたくない存在であったのかもしれない。しかしこのやりとりを通じて、きりんには完敗だという意思表示が「飴ちゃん」のプレゼントなのである

*2:作中では〝リアクション王トリオ〟などと呼ばれている<3巻>

*3:物語の後半はこういった行動、心情が顕著に出て来るのだが、アニメから入った方々に紹介するのにはこれが精いっぱいであり、申し訳ない限りである

*4:きりんはこういった点でみると、原作の後半では憧れを達成してかなり大人しくなっている。案外ニュートラルな立ち位置なのかもしれない